再び語りはじめる

地元の小学校5,6年生が来てくれました。
雨で延期になっていた遠足です。
今日はちょうど元開拓団のKさんが同級生8人で同じ時間に来館予定でした。

Kさんは残留孤児となり昭和49年に帰国されました。
自分より後から帰ってくる大勢の帰国者の支援にも尽力された人です。
マスコミにもよく取り上げられ、いろいろなところで体験談も話されていましたが、近年、語ることをやめていました。
「当時のことを思い出すのが辛いから」とおっしゃっていましたが、それだけではありませんでした。
中には宴席の前段で話すような場もあったのです。
まるで、前座の出し物のような扱いで。

「語り」が消費されていく。

貴重な「語り」の“場”は、当時を思い出すことで語り手本人を傷つける場でもあります。
それでも語ってくれること、その思いを真摯に受けとめなければならないと思います。
各種イベントの主催者、学校、マスコミなどからよく「語り部」さんを紹介してほしいといった依頼がきます。
その中身、姿勢を問います。消費であってはならない。記念館自らも問い続けています。

Kさんは最近になって、また話してもいいかなと思い始めておられました。
今日は急きょお願いしてみました。子どもたちに話してもらえませんか、と。

昭和17年、9歳で渡満。7人きょうだいの長男でした。行くときは旅行に行くような気持ちで大喜びだったそうです。しかし、敗戦後は逃避行や収容所生活で両親と妹3人を亡くします。
震える両手でマイクを握り、時々涙で言葉を詰まらせながら語るKさんの話を、子供たちは静かにしっかりと聴いていました。

Kさんは「またいつでも話に来るよ」と言って、同級生と一緒に帰って行かれました。
また話していただける場を作りたいと思います。
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by kinen330 | 2016-05-13 19:11

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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