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27万通りの「満州」

ソ連侵攻後の開拓団が辿った運命はさまざまで、
27万人の開拓団のうち8万人が犠牲になっているという数字だけみても
多くの開拓団が大変な目に遭ったと考えられます。
なので、敗戦後も現地の開拓団にとどまり、
農作業を続けていたという話に、耳を疑いました。

岐阜県から分村開拓団で渡満したTさん84歳。
入植地は北安省。ハルビンよりも北に位置します。
開拓史の記述には、8月初めの大雨で道路が寸断、橋は流され
外部との交通が閉ざされていたことが幸いしたとのこと。
その後も現地住民からの襲撃もなく、
一応武装解除ということで最寄りの街まで武器弾薬を送り届け、
夜も集落の門は開けっ放し。
この無抵抗主義がかえって功を奏したようで、
その後引き揚げまでトラブルによる犠牲者は一人もなかったそうです。

しかし、引き揚げ途中で若い人たち52名は八路軍に残留を命ぜられ、炭鉱へ。
この留用生活では過労と栄養失調で17名が命を落としました。
Tさんも両親と別れ別れになり残留。昭和24年に帰国した時には
母親が病で亡くなっていたそうです。

「現地の人たちにもとてもお世話になったのよ」とTさん。
聞けば、現地住民とは良好な関係で、
国交正常化後に訪問した時は大歓迎してくれたとのこと。
「開拓団の時はとっても良かったの」
懐かしそうに語るTさんでした。

開拓団27万人。27万通りの「満州」があります。
by kinen330 | 2016-07-16 18:47

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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