滋賀県から

「3年間の訓練が終わったら10町歩くれるっていう、それにつられて行ったんや。」

滋賀県は開拓団送出数が最も少ない県で、どうしても長野県と比較してしまいます。
それでも義勇軍は1,300人以上送出されました。
そのうちの一人、来年88歳になるというIさんが来館。
米寿のお祝いを兼ねてお子さんたちが連れてきてくれました。

昭和19年の3月に内原訓練所に入所し、1年間は内地で農作業。
20年の3月に渡満しますが、訓練もそこそこに軍需工場へ動員され、そこで終戦を迎えました。まだ15歳です。

「悪いこともしたでぇ。」
生きるためには何でもやりました。
中国人の家に住み込みで働いたり、万頭やポンポン菓子を売り歩いたり。
時には盗みもやりました。
「農家に牛を盗みに行ったんやけど、牛が動けへん・・・。」
残念そうな話しぶりに大爆笑!
この大胆な窃盗はさすがに失敗に終わりました。

隊の仲間は散り散りになり、昭和21年7月の引揚げの時には、熊本県出身の満鉄社員一家の家族に入れてもらって帰国できたとのことでした。幼い子供たちが6人ほどいたそうですが、一人ぼっちの少年Iさんの引揚げを助けてくれたのです。
そのご一家とは戦後も家族のようなお付き合いをし、一家のお父さんが亡くなった時のお葬式には、“長男”として参列させてくれたのだそうです。
胸が熱くなりました。

懐かしそうに語るIさん。思い出話は尽きません。
「150歳まで生きる。まだ折り返しの途中や。」
・・・Iさん、いけるかも。
次回はお仲間を連れて来てくださるそうです。
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by kinen330 | 2016-10-17 19:35

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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