やる瀬ない念

「満蒙開拓」 このことば、この文字に今もなお、やる瀬ない念がかき立てられてなりません

年賀状に添えられた手書きの文字。
今月末には96歳になられるI先生。
青年学校の教師をしていましたが、薦めもあり青少年義勇軍の幹部として190人の少年たちと共に昭和19年に渡満しました。

義勇軍1個中隊には中隊長を含む4人の大人が幹部として配属されました。
I先生は、子供たちと寝食を共にする義勇軍という形態に教育の理想を抱いたといいます。

はじめに入った勃利訓練所は15中隊、総勢3千人以上を擁する大訓練所でした。
軍事・教学・農事の諸訓練や行事など、事あるごとに点数や順位を公表し中隊同士を競わせます。昭和20年2月に開催されたマラソン大会で、I先生の中隊は初年次ながら優勝し、所長より賛辞が贈られました。
そして4月、新設の東安訓練所へ移動。ソ満国境、興凱湖のほとりでした。
「終戦間際にそんな国境沿いに入れられたんですか」という私の問いに、I先生は「入れられた、という感覚はなくむしろ誇りだった。優秀な中隊だから選ばれて行ったんだと思っていたねぇ。」

ソ連侵攻後、悲惨な逃避行や収容所生活で108人が亡くなりました。
I先生は途中ソ連兵に連行され、子どもたちと離ればなれになってしまいました。

引揚げた後、一旦退いた教職に請われて復職。教員生活を終えてからも地域史編纂事業などに携わってこられました。

同じく90を過ぎた奥様と日当たりのいい静かなお宅で過ごされているI先生。
記念館から届いた年賀状に蘇る「満蒙開拓」という記憶は、穏やかな年始に苦い影を落としてしまったのかもしれません。

今もなおかき立てられるやる瀬ない念、とは。
静かに語るI先生を思い出しています。
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by kinen330 | 2017-01-07 11:39

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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