伝言

「泰阜(やすおか)の皆さんに申し訳なかった」

千葉県から来た男性がガイドをした後に話しかけてくださいました。
数年前に亡くなった近所の人が満州から引き揚げて来た人だったと。
その人は日本人の引き揚げが始まって、ある集団を引き揚げ港のコロ島まで連れて行くリーダー役を任されました。

引き揚げ列車は石炭を積む貨車や無蓋車だったといいます。
進んでは止まり、止まっては動き出す。その繰り返し。
用を足したい人は、止まっている時に急いで列車から降りて済ませます。
女の人たちは少し離れたところまで行っていました。
ある時、列車が急に動き出し、何人かの女性たちが取り残されたというのです。
それが、長野県の泰阜村の人たちだったと。

日本に引き揚げてきてからも、そのことがずっと気になっていました。
あの女性たちは無事に日本に帰れただろうか。
晩年になっても涙を流しながら話していたそうです。

こうして一人ひとり、責任や罪悪感を背負って戦後も生きてこられたのです。
無念の思いを抱え、自分を責めながら、懺悔しながら、

謝るべき人は誰なのか。
背負わせたのは何なのか。

「泰阜の皆さんに申し訳なかった」
この思いを私たちもいつまでもいつまでも背負っていきましょう。
戦争とは、国策とは何なのかを問い続けながら。





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by kinen330 | 2017-10-13 18:53

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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