94歳と小学4年生

この夏、岐阜県の小学4年生Kくんから何度か質問メールがきました。
自由研究で満州について調べているというのです。
「なぜ岐阜県や長野県は満州へ移り住んだ人が多かったのですか。」

あのさぁKくん、それって結構難しい質問なんだよね、と思いながら
いくつか理由を書いて返信しました。
そして、私からも質問。
「Kくんのまわりにも満州へ行った人がいますか。」

数日後にメール。
94歳のひいおばあちゃんが開拓団に行っていて、インタビューをしてまとめているとのこと。
そうだったのか。そして次の質問は、
「引き揚げた時、300円支給されたそうです。300円で何が買えたのですか。」

さて。体験談の本をいくつか調べてみました。
・Aさんの話し(1946年10月ころ)
「名古屋の駅へ来たときに、サツマイモ 一皿30円、くじらの肉が30円っていうやつをみんなにふるまってねえ。」
・Bさんのメモ(1946年7月ころ)
「満州とだいたい物価は同値なり、もも4つ16.5円で買う」
・Cさんの話し(1948年ころ)
「サンマ 1本50円」

数日後、お礼のメールがきました。そこには、
「引きあげまでの避難の話を聞いて、ひいおばあちゃんが帰国できたのは、奇跡だなあと思いました」とありました。
94歳のひいおばあちゃんからKくんに命がつながっていることに、
じんわりと感動が込みあげてきました。

Kくんのひいおばあちゃんの開拓団は、ソ連と北朝鮮に接した国境沿いにありました。
8月9日のソ連侵攻ですぐ避難命令が出ます。
逃避行の途中では、先に行った日本軍に橋が壊されていたところもありました。
引き揚げまでに大勢亡くなりました。

そして今日、またメールがきました。
なんと、自由研究が市の社会科作品展に選ばれて、公民館に展示され、
たくさんの人に見てもらえたというのです。
「こういう時代があったことを知ってもらえて、また、何か感じてもらえたら嬉しいなぁと思いました」とありました。
ひいおばあちゃんも喜んでくれたことでしょう。









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by kinen330 | 2018-09-09 20:23

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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