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自転車をこぐ

昭和20年8月15日早朝。
新京へ出荷する野菜と一緒に、開拓団に残っていた男性5人が荷車に乗って出征していった。

その日は苦力(クーリー)たちと大根の追肥と除草作業をしていた。
昼過ぎ、一人のおばさんが血相を変えて畑へ駆け込んで来た。
「団長さんがよんでいる。」
慌てて本部へ行くと、「隣の開拓団から伝令が来て、日本が負けたという連絡があった。とても信じられないから行って確かめて来い。」

少年は、本部にあった自転車で吉林街道を西へ4キロ走る。
ラジオがあった隣の開拓団では、正午の玉音放送を聴いていた。
「日本が無条件降伏したことは間違いない。」
たいへんだ。
少年は元来た道を引き返す。一刻も早く知らせなければ。
自転車をこぐ。何度も往復した吉林街道。なだらかな上り坂がいつもより長く感じる。
こいでも、こいでも、進まない。気ばかりが焦る。
8月の太陽が照り付け、汗びっしょりになる。
「こんなことなら馬に乗ってくればよかった。」
放牧していた馬をつかまえて鞍をつけて準備するという手間を惜しんだために。
日本が負けた。
漠然とした動揺を幼い胸に抱え、少年は自転車をこぐ。

数日後、開拓団は集団自決。少年は一人生きて日本へ帰ってきた。

ああ、あの時、馬にしておけば・・・。
76年後の今でも、悔やまれるのだ。

by kinen330 | 2021-11-28 19:15

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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