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罪悪感

「自分だけ帰ってきた罪悪感はありましたか?」

昨日、記念館にある中学校の3年生が来館し、語り部さんの話を聴きました。
89歳のNさん。困窮した村は満州への分村を決定し、千人規模の開拓団を送り出します。
しかし、ソ連侵攻後、悲惨な逃避行と収容所生活で5割以上が亡くなりました。
Nさんは1946年の8月、家族との別れや病気を乗り越え、命からがら引き揚げて来ました。
中国との国交正常化後は、残留孤児・残留婦人の帰国に尽力。
中国へ何度も出かけて行き、一人ひとりの事情をくみ取りながら帰国実現に奔走します。

話の後の質疑応答で、ある生徒がききました。
「中国へ行って、残っている人(残留孤児・婦人)に会った時、自分だけ帰ってきた罪悪感はありましたか?」

私は瞬間、胸が痛みました。

「ありましたよ。 自分だけ生きて帰れたからいいっていうことじゃないでしょ。」
Nさんは真摯に応えていました。


生きて帰ってきた人々の罪悪感・・・。
自分だったらその後、どう生きていたでしょう。
誰が、何が、そんな罪を背負わせたのでしょう。
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by kinen330 | 2014-08-30 19:20

静かな涙

「帰ってこなかったんだよ」

大正15年生まれ、88歳のおじいちゃまAさんが娘さん2人と来館され、慰霊碑に花束を供えてくださいました。

昭和19年、青年会の役員をしていた立場で、お隣のおうちの娘さんを“開拓の花嫁”として満州に送り出したのですが、その人は結局、帰ってこなかったのだそうです。
その話を娘さんたちが聞いたのはつい昨年のこと。
「この辺りの人たちは満州に行かなかったの?」と何気なく聞いたら、実は・・・とこの話をされたそうです。

かける言葉が見つかりませんでした。

国策を進めるために、誰が考えたのか、村々にその推進役をうまく作っていったのです。
青年会(青年団)もその一翼を担いました。
昭和12年、日本青年団が日本中の幹部200人を集めて満州視察旅行に行き、それに参加したという人が6月に来館されました。帰国した人たちはもちろんその後推進役として各地域でその役割を担い、自ら開拓団に参加した人もいたわけです。
Aさんは召集されましたが内地の配属で、たまたまお盆の帰省中に終戦を迎えました。

戦後70年もお隣の娘さんのことがずっと心にひっかかっていたのです。
個人が背負うことではない、個人の責任ではない、と言いたい・・・。
Aさんが殺したわけではないのです。でも・・・。

ことば少なに語り、静かに涙を流されていました。
説明をされる娘さんの目からも涙があふれていました。

せめて記念館で、背負ってきた荷物を少しおろしてほしいと思いました。
そして、その荷物を、これからは私たちが一緒に背負っていきましょう。
過ちを二度と繰り返さないために。
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by kinen330 | 2014-08-20 18:27

報道の力

9日の慰霊祭、10日の子ども平和学習会を終えて一段落。
13日から17日はさすがにお盆で団体客はほとんどありませんが、
個人客が一日150人ずつくらい来館してくださっており、
開館していて良かったと思っております。
遠くからの帰省客、旅行客。お子様連れも多く嬉しいです。

終戦記念日ということもあって毎年8月は戦争に関する様々な報道があります。
記念館にも全国各地の報道機関から問い合わせや取材、人の紹介のお願いなどがありました。
報道の力は大きく、大勢の人に情報発信できるため影響力も絶大で、権力の一つとも言われています。
記念館もその力をお借りしている部分が大きく、だからこそしっかりと対応していきたいと思っており、取材調整などもなるべく依頼に添うよう、つまりこの歴史をしっかり伝えていただきたいと思いやってきました。
が、中には都合のいいところだけ借りていく、撮っていく、あるいはご紹介した体験者に無理をさせたり都合良く利用するようなこともあり、こちらも慎重に、時には厳しくならざるを得ない状況になっています。

来年は戦後70年。
長い歴史の中で時代の転換期かもしれないこの時期に、報道機関は何をどのように伝えていくのか、問われていると思います。
そして、報道機関をとりまく私たち一人ひとりも、その姿勢を問われていると思います。
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by kinen330 | 2014-08-16 18:44

俳優

映画『望郷の鐘』の撮影が村内各所で行われています。
この暑い中、82歳の山田監督がメガホンをとって頑張っていらっしゃる!
こちらも頑張らなければと思います。

記念館のFacebookにもご紹介していますが、先日、
主役の山本慈昭さんを演じる内藤剛志さんが記念館に来てくださり
少しの時間お話しすることができました。

かっこよくて若々しい内藤さんですが、来年還暦とのこと。
お父様は19歳で学徒出陣。内地にいたので無事だったそうですが、
「親が戦争を体験したギリギリの世代である自分たちが
戦争のことを伝えていく責任があると思っています」とおっしゃっていました。

映画はいわゆる“つくりもの”であり真実を描ききれるものではなく、
作り手、演じ手の皆さんはその点を指摘されることは十分承知の上で
それでも作品作りに挑んでいます。
でも、“つくりもの”は真実よりも真実を伝える力がある場合もあると思います。

俳優の覚悟と気迫を感じたひとときでした。
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by kinen330 | 2014-08-03 18:59

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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