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ご一行さま パートⅡ

ドドドドド・・・という聞き慣れない音が外から聞こえてきました。
そして入ってきたのは、皮ジャン・皮パンツ・皮ブーツに身を包んだ
いかつい(ごめんなさい)ライダーたちでした。

絶好のツーリングシーズン。この辺りでも大きなバイクが連なって走る姿をよく見かけます。
このご一行さまは関東方面から来て阿智村内の昼神温泉にご一泊、という人たち。
本隊?は30人以上で、そのうちの7人がこの記念館に来てくださいました。
実は、お祖父さんが開拓団の副団長で行っていたという人が中におり、
その人は記念館開館前から大変お世話になった人で、仲間と一緒に来てくれたのでした。

そのいかついライダーさんたちを前に少し展示説明をさせていただきました。
こんなシーンはめったにないぞと思いながら。
皆さん相づちをうちながらとても熱心に話を聴いてくださり、
リーダーのMさんは「今日はここに来て良かった。すっきりした。」と言いながら
頭を下げて帰っていかれました。

ボランティアに来てくれていた方が
「いろんな人が来るね」とおっしゃっていました。
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by kinen330 | 2014-10-25 18:10

生かされて

「生かされています」

今日、朝一番に来館された団体の展示ガイドをし終わった時、
一人のおじいちゃまが声をかけてくださいました。
その方は一家7人で開拓団として満州へ行きましたが、
ソ連侵攻後の逃避行の中で母親と下の弟妹たちが集団自決、
父親と自分だけハルピンの新香坊の収容所に入りましたが、そこで父親が病死。
ひとりぼっちになった15歳の少年。
たまたまハルピンにいた同郷の知人が見つけ出してくれて、帰国できたそうです。
しばし、おじいちゃまを囲み皆で耳を傾けました。

家族みんなを満州で亡くした少年は、戦後どのように生きてきたのでしょうか。
「生かされています」という謙虚な言葉の奥にあるものを、ゆっくり考えてみたいと思います。

このおじいちゃまは、今日はじめて満州の話をしたとおっしゃっていました。
少し心が楽になったとも。

この歴史をなかったことにはさせないと、改めて思いました。
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by kinen330 | 2014-10-24 19:14

最後の仕事

「これが俺の最後の仕事だ」

今日、記念館の建設工事をしてくださった棟梁が病気でお亡くなりになりました。

契約した建設会社の下請けになるので、私は面識はないのですが、
「あの人がいなかったらできなかった工事」と現場監督さんが言うくらいの人物でした。

記念館は起工式から開館まで約半年と工期が短く、しかも後半は地面も凍る冬場の作業で、
業者の皆さまには大変無理をしていただいたものでした。

昨年4月に無事開館。棟梁は夏に退職され、闘病生活を送っておられたようです。
そして、その枕元には記念館の新聞記事の切り抜きがたくさんおいてあったのだそうです。
「これが俺の最後の仕事だ」とご家族におっしゃっていたと・・・。

多くの皆さまに支えられてできた記念館は、
開館後も多くの皆さまに見守られているのですね。
本当にありがとうございます。

棟梁の最後の仕事に恥じない記念館として
これからも使命を果たしていきたいと思います。

ご冥福をお祈りします。
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by kinen330 | 2014-10-16 18:18

オレだったら

「オレだったら満州に未来を信じて行っていると思います。」

今日は長野県の北の方の高校1年生約100名が来館してくれました。
昨年の開館直後、担当の先生が記念館を訪れ、
生徒たちをぜひ連れて来たいと思ってくださったとのこと。

はじめに近くの公民館で「語り部」の話を聴きました。
元満蒙開拓青少年義勇軍の方のお話です。
14,15,16歳の少年の話です。
彼らの人生はまさにこれから!
これからいくらでも未来を切りひらいていける年齢です。
「語り部」の話を聴いている高校生たちを見ながら、
こんな年齢の子たちが「満州」で大勢犠牲になったと思うと、
哀しみと怒りが湧いてきました。

「オレだったら満州に未来を信じて行っていると思います。」
感想メッセージボードに貼られていたことばです。
今の16歳の少年が、かつての少年に思いを馳せました。

かつての少年たちも、未来を信じて行ったのです。

少年たちにどんな未来を渡すことができるのか。
大人たちの責任は重い。
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by kinen330 | 2014-10-03 18:24

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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