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消えない事実

「早く帰って来たから、見捨ててきたと思われているんじゃないかと・・・」

ある開拓団の副団長をしていた人の娘さんが来館されました。
その開拓団は7割近くが犠牲となり、無事に日本に帰ってきた人たちも
命からがらだったと思います。

ソ連侵攻後の「満州」は戦場となり敗戦後も大混乱の状態が続きます。
逃避行や収容所生活の中で団としての体制は崩れ、
バラバラになってしまったところがほとんどです。

「満州」からの日本人の引き揚げは昭和21年の5月から。
10月までの間に100万人以上が引き揚げています。
早く帰れた人、遅かった人、数年間留用された人、残留した人・・・。
さまざまな戦後がありました。

―― 団の幹部の方が先に帰ってきていた。

見捨てたわけではないけれど、先に帰って来たという事実だけが残りました。
いろいろな理由があったと考えられますが、戦後のその人たちへの風当たりは、
社会からも、同じ開拓団の仲間や家族からも、厳しかったことが想像できます。
直接非難されないからこそ釈明も許されず、
信じてもらえないという悔しさ、虚しさを何十年も背負い、
また、家族も感じて生きてこられたのでしょう。

向き合いにくい歴史、語り継がれてこなかった歴史。
その要因がここにもありました。

「これもみな、戦争の犠牲者かなと、誰のせいでもないと思っております」
同じような立場の人が以前このようにおっしゃっていました。

「満州」だけではない、ほかの事象にも通じる、むずかしい話だと思います。
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by kinen330 | 2015-01-11 18:44

学ぶ人に学ぶ

「国の政策で満州に渡った人々がどうして見捨てられ帰ってこられないのか、
 なぜただ母国で暮らすだけなのに生きづらいのか・・・
 怒りや悲しさ、悔しさで苦しくなりました。」

ボランティア養成講座で帰国者の体験談とその解説講義を聴いた受講者Kさんの感想です。
20代の女性で、博物館・美術館巡りが好きで、たまたま訪れたこの記念館で
満蒙開拓の歴史を知り、興味を持ったということでした。

中国残留孤児訪日調査は1981年から始まり、当時はさかんに報道されていましたが、
今の20代の人たちはほとんど知らないわけですね。
ましてや「満蒙開拓」という歴史は学校で出会う機会がなければ知らないままで終わってしまいます。

記念館で初めて出会ったこの歴史に関心を持ち、体験者から直接話を聴き、
その人の苦労やそのご家族の現在の生活まで心を寄せる感想を書かれていました。

歴史に学ぶ人に学ぶ。

Kさんの歴史や体験談を真摯に謙虚に受けとめ学ぼうとする姿に感銘を受け、
身の引き締まる思いがしました。
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by kinen330 | 2015-01-09 18:47

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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