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待つ

「叔父さんは満州のことはほとんど話さなかった。」

熱いまなざしで私のガイドを聴いていた女性が
涙をこらえながら話しをしてくださいました。

「叔父さんは出征していて戦後すぐに帰国できたんだけど
開拓団に残してきた奥さんはしばらく待っても帰ってこなくてね。
それで、戦争でご主人亡くした女性と再婚したの。
そうしたらしばらくして、奥さん帰って来た。
会いたいって言われた時には、辛かったって。
それからの叔父さんの人生は・・・。」

国策や戦争に翻弄された人生。
このような立場の方が大勢いらっしゃると思います。

中国に残された奥さんはどれほどの苦労をされたことか。
その間、祖国に帰ること、ご主人との再会を支えに生き抜いてきた。

再婚された奥さんもまた、苦しまれたことでしょう。

その様子を見守るしかなかった身内の人々。

「叔父さんは満州のことはほとんど話さなかった。」

終戦時、海外にいた日本人は約660万人と言われています。
その半数は一般の人々でした。
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by kinen330 | 2015-08-22 19:52

とどめる

「黙祷」という言葉とともにおとずれた静寂の中、
セミの声が聞こえてきました。
町に覆い被さるようなセミの声。広島の夏。
それも一瞬に消えてしまった、70年前の8月6日。

原爆ドームは、あの日のことを想起させる象徴として
圧倒的な存在感をもって広島の町に遺っています。

満蒙開拓は遠い彼の地であったことであり、国内には傷跡として何も遺っていません。
だから、忘れようとすれば忘れられる歴史であり、
現に風化しつつある歴史でした。

「記念館はその流れに杭を打った。」
取材に来た新聞記者さんがこのように表現されました。
この歴史をとどめようと必死になって活動してきた人々によって
やっと形になった記念館。
人々の心の傷跡が形になったのです。

この歴史をなかったことにはさせない。
この歴史の教訓を未来につなげなければ。
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by kinen330 | 2015-08-06 19:31

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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