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青年

「満州国の基本理念である五族協和による王道楽土、
 人類最高の理想社会の建設のための先兵となり、
 身を挺して活動することが最大の使命である。」

満州国協和会という組織は満州国住民へこのような理念の宣撫を目的とした官製団体でした。
ここに18歳で就職したというAさん。
日本男子としてやりがいを感じ満州へ渡ったそうです。
5ヶ月間の厳しい教育を受け、それぞれの赴任地へ。
Aさんは地方の実態調査をして報告書を提出することになりました。

そこで見た満州国の実態。
「日本人を優先する日本の日本人による露骨な植民地支配そのもの・・・」
五族協和とはほど遠いものでした。
報告会でAさんは率直に見たことや自分の思いを発表します。
少しはっきり言い過ぎたかなと思っていた数日後、
仕事帰りに拉致され気を失うほど暴行されます。
「この売国奴め。お前それでも日本人か」

「純真だったんだね」とAさん。
ほとんどの日本人はその矛盾から目をそむけ、
むしろ矛盾とも思わずにいたのではないでしょうか。
疑問を感じ素直にそれを口にしたAさんの感性こそ
本当は人として大切なものだったのだと思います。

国家権力の恐ろしさを身に染みて感じた青年は、
その後現地召集され、シベリアへ抑留されました。
大正15年生まれ。91歳。
戦後もまっすぐ生き抜いた風格のある方でした。









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by kinen330 | 2017-08-31 19:53

親父の満州と

「開拓のことは、なんか、いやでねえ」

父親が元開拓団というKさん。ご本人は戦後生まれです。
慰霊祭にも遺族会の集まりにも訪中団にも、
自分は参加してきませんでした。

昨年、88歳で亡くなった父親。
満州のことはほとんど口にしませんでしたが、
70代で頭に怪我をおってから、
夜中に訳の分からないことばで寝言を言うようになりました。
「日本語混じりの中国語で、わわわわーっと。
 どうしても帰らんといかん!とかね。」

終戦時17歳だったKさんのお父さん。
開拓団の頼りになる男性たちは根こそぎ召集でいません。
なんとか食糧を得るために、避難民生活の中、働きに出ます。
「あんたのお父さんのお陰で帰って来れた」
よく、そう話してくれるくれる人もいました。

17歳の少年は、開拓団の人たちを守るために、
なんとか日本へ帰るために、
戦後の動乱の満州で必死で生きたのでしょう。

60年も経ってから、無意識の中で呼び覚まされる満州の記憶。

「ここができたことは知っていたんだけど。」
満州のことには触れたくなかった。
触れてはいけない傷跡が、父親の心の奥深く沈められていることに
気付いていたのでしょう。
今日は若い息子さんと二人、来館したKさん。
記念館の天井を仰ぎ見ながら「親父を連れて来てやれてたら・・・。」
ようやく、この歴史と向き合えるようになりました。
長い時間が必要でした。




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by kinen330 | 2017-08-18 18:03

こころのなかにいれる

ーわたしは、よくよくせんそうが人をこらしめるのがわかりました。
 せんそうわいいことなんかないとか、かぞくにもあえない
 そんなことがあったのがよくわかりました。
 わたしは、いませんそうがなっても、
 みんながかなしいのを こころのなかにいれたいとおもいます。ー

アオイちゃんが書いてくれた感想メッセージです。
1年生くらいかな。

戦争になったら、みんなが悲しむということを
「こころのなかにいれたい」

終戦の日 8月15日。
戦争の悲しみを心に刻む。

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by kinen330 | 2017-08-15 19:08

遠くの友へ

月刊誌『少年倶楽部』は当時30銭。
吉川英治や大佛次郎など一流作家陣による少年向けの長編小説をそろえ
人気を博していました。

「30銭っていうのはとんでもない金額だった」

9人兄弟の8番目だったTさんにはとても手が出せません。
そこで、友達とグループを作って毎月順番に購入することにし、回し読みをしました。
自分の番になるまでにお小遣いを一生懸命貯めていたのです。
ワクワクする冒険物語を少年たちが夢中になって読み、
興奮を分かち合う姿が浮かびます。

その友人の一人、I君が満州へ一家で移住しました。
場所は「満州里」という内モンゴルにあるソ満国境の街。
当時はそれがどの辺なのか知りませんでした。

ある時、I君へ読み終わった『少年倶楽部』を送りました。
父親が、雑誌を丸めて帯に宛先を書いてくれました。
「満州国・・・満州里・・・  〇〇様方 〇〇様」

しばらくたって親御さんからお礼状が届きました。
深い深い感謝の念が書かれていました。

最果ての地、「満州里」。
『少年倶楽部』を受け取ったI君はどんな思いだったでしょう。
浮かんでくる遠い故郷の山河、友人たちの顔、顔、顔。
冒険物語の興奮よりも、分かち合う友がいない寂しさに暮れたかもしれません。

I君一家は結局、帰ってくることができませんでした。

少年たちの夢や友情を引き裂いたあの時代、満州とは。
Tさんは今でも時々、遠くに行ったI君の面影が浮かんでくるそうです。
『少年倶楽部』の思い出とともに。




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by kinen330 | 2017-08-02 19:10

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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