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お米貯金

両親を亡くし、姉弟4人で引き揚げて来たHさん。
頼る親戚もなく、住む家もなく、すぐに製糸工場へ働きに出て寮生活を送ります。

姉と下の弟は、藁で囲ったような小屋で生活を始めました。
貧しさの中、二人で一日コップ1杯の米と決めていたそうです。
弟は食べ盛りの中学生。どれほどひもじい思いだったでしょう。

姉はそのわずかなお米から毎日ひとつまみ、わずか3粒ほどずつ貯金しました。
妹Hさんに白米を食べさせてやりたいと。
そして、お正月に帰った時に炊いてくれました。

一日ひとつまみのお米貯金。

命がけできょうだいを守ってくれたお姉さんは
昨年の冬、92歳で永眠されました。



by kinen330 | 2017-09-25 18:57

わたしたちがなぜこんな目にあわなければならなかったのか

ソ連侵攻で、開拓団は本部に集結し、戦々恐々。
日本人経営の炭鉱で働いていた中国人たちが解放され移動をはじめており、
その集団が集落に入ってきた。
大人たちが、そのうちの一人を捕まえて柱に縛り付け、射殺。
12歳の少年だったKさんはそれを見ていた。

そのうち、東門からソ連軍が入ってきて武装解除。
2,3日滞在して西門から出ていった。

そして、中国人からの襲撃が始まった。

逃げ込んだ精米所。
撃たれて死んだ赤ん坊を背負っている母親。
重傷をおって血だらけの人々。
火を付けて自決するしかないと油をかけられたが、寸前で外の銃声がやむ。
その後も周辺を逃げ惑い、収容所で家族が次々に亡くなっていく。

10月を過ぎると冬の寒さだ。
中国人のところへ物乞いに行く。
追い出され、蹴られ、子どもたちからもいじめられる。
「犬の方がましだった・・・」
たたかれ、たたかれ、働かされ、中国語を覚えていった。

「わたしたちがなぜこんな目にあわなければならなかったのか。」

ー あの時代は仕方がなかった。
ー 日本の農村は貧しかったから。
ー 国の政策として間違いではなかった。

ならば、また同じことが繰り返されてしまう。

夢にうなされても語り続けるKさん。
Kさんのその問いに真の答えを出していくのは
私たちの役割なのだろう。















by kinen330 | 2017-09-21 21:43

引き揚げてから

子ども3人連れて満州から引き揚げて来た一家は
母親の実家で跡を継いでいた叔父のもとで10年間世話になった。
父親は開拓団から召集されたまま、消息不明。

長女のCさん。
「満州帰りは勉強しなくていい」と言われ進学は断念。
製糸工場で働く。
弟に薄いコートを買ってやると
「満州帰りは寒さに強いから必要ない」と。

身内からそんな言葉を浴びせられながらも
恨むこともせず前向きに生きてきた。
特にいじめられたとは思っていない。

「嫁に出した妹をなぜ面倒みなければならないのか・・・
 そんな思いがあったのかもしれません」
今ならそう思える。
もしかしたら、満州行きには反対だったのかもしれない。
叔父の本音を直接聞くことはなかった。

子どものために必死で働き独立した母。
「自分が死んだら新しい家庭を築いてくれ」という父からの遺書が
村役場に保管されてあったのが分かったのは
その母の7回忌を迎えるころだった。




by kinen330 | 2017-09-11 19:12

遅くない

「本気でやろうとしていたんだなあ」
「ドラマじゃないんだよ」
「知らずして加害者になっていた・・・」

こんな歴史だったのかと
展示を見終って
深刻な顔をして話し合うおじさまたち。

気付きはいくつになっても。
学びは今からでも。

by kinen330 | 2017-09-01 19:06

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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