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共に怒る

某県M市からはるばる来てくださったOさん。
M市職員で、今年の春から中国帰国者支援の担当になりました。
そこで初めて帰国者の方々から直接体験談をお聴きし、衝撃を受けたそうです。
そして、歴史を学ぶために記念館にぜひ行きたいと思っていたとのこと。

帰国者本人だけでなく2世や3世の人たちが抱える問題も深刻だそうです。
残留孤児、残留婦人と一緒に日本へ来た子どもや孫世代。
中には40代、50代になってからの人たちもいます。
「その年齢になってから日本語を覚えるって、大変ですよねぇ」と
自分のことのように話されます。

中国帰国者の背景にあった歴史を知らない日本社会。
中国への印象が決して良いとはいえない日本社会。
いろいろな無理が蓄積したのでしょう、精神的な病を抱える人も少なくないそうです。

ある時、M市内の病院の医者からこんな電話が。
「言ってることが分からないんだよ。あの人、日本人なんだろう?」
日本語が通じない帰国者の患者の診療に困ったという相談(クレーム?)でした。
「腹が立って・・・」
心無いその医者の言葉に怒るOさん。
通訳が同行できることを伝えましたが、やりきれない思いが残っています。

たまたま配属された部署で出会った中国帰国者という人々。
きっと3年くらいで他の部署へ異動になりますが、
「せっかくの機会ですから」と笑顔で帰って行かれました。

Oさんのように共に怒り、共に喜ぶ人が1人でもいてくれることが
地域の帰国者の皆さんの支えになるのではないかと思います。
そして、その1人を増やしていくために記念館はあるのだと思います。



by kinen330 | 2018-11-25 15:01

残された家

「満州に行った人の家に住んでいたんですよ。だからこの歴史は気になっていました。」

団体さんに展示の案内をしている途中、一人の男性がため息混じりにおっしゃいました。
思わず口に出た、という様子でした。
住んでいた家が火事になり、移り住んだ家が開拓団として満州へ行った人の家だったそうです。

開拓団は移民でした。
満州で生きていく決断をした人たちです。
家や土地は処分していきました。
家は人手に渡ったり、壊されて畑になったり。
そのため、引揚げてきた時には帰る家はありませんでしたし、
生きて帰ってこられた人ばかりではありませんでした。

展示に見る逃避行、集団自決、収容所生活、引揚げ、残留・・・。

「その人たちはどうなったのか・・・」
見ず知らずの一家に思いを馳せておられました。
いろいろな「満州」があるのだなと思いました。



by kinen330 | 2018-11-10 12:10

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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