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「あの子が生きていたら、もう80になるんだなあ」

幼い妹を収容所で亡くしたTさん。
今日の語り部講話でしみじみとおっしゃいました。

泣いちゃいけない。
置いていかれてはいけない。
母と自分と妹の手首を紐でしばり、
遅れないように、はぐれないように、
引っ張り、引っ張られ、
何とか歩いて辿り着いた奉天の収容所で
ついに力尽きた妹。
満州の土となった妹。

引揚げ後、お墓を作ったけれど遺骨はもちろん遺髪も爪さえもなく、
奇跡的に残っていた赤ちゃんの時のよだれかけを入れたそうです。

妹をはじめ、同世代で亡くなった子どもたち。
置いていかれ、捨てられ、手にかけられ、
売られ、飢え、病にたおれた子どもたち。

また、同じことが繰り返されていることに
いてもたってもいられない思いで、
語り部をつとめておられます。


# by kinen330 | 2023-12-07 19:15

自分のルーツ

―私は残留孤児の三世になります。
 祖父や父の歴史に触れ、本当に大変な時代だったのだと痛感しました。
 しかし、三世も大変で、
 祖父と父との会話で日本語があまり伝わらないため悔しい思いをしたり、
 どうして私は周りの友達と違う親を持っているのだろうと感じ
 反抗ばかりしてきました。
 自分も大人になり、こうして自分のルーツや親の苦労を知り
 もっと自分を大切に 誇りを持って 自分の人生を歩んでいこうと思いました。

数日前の来館者感想メッセージです。

満蒙開拓。残留孤児。中国帰国者。
その背景にある歴史を私たちはあまりにも知らず、
当事者の皆さんも学ぶ機会や場所がありません。

自分が自分であることに誇りを持ち、
歴史を知ることで他者を尊重する。
そんな場がたくさんあるといいなと思います。

# by kinen330 | 2023-11-17 19:03

東京の男子高校生に問う

Y氏は1歳の時に患った中耳炎で左耳の聴力を失ったため、徴兵検査は丙種。
自分は国家のために何の役にも立っていない。
その劣等感もあり、満蒙開拓民の勧誘運動に力を注ぐ。
報国農場隊長として地域の若者たち100人を連れて満州へ。
結果、29人が犠牲となった。

東京から男子高校生320人が来館。
彼らに問う。
Y氏に責任は「ある」「ない」

「ある」
・本当は(国や軍の)上の方に責任がある。でも、国民一人ひとりにも、支持し、協力した責任はある。

「ない」
・満州へ行くことは正しいとされていた時代。彼がしなくても誰かがやっていた。彼は歯車の一つでしかなかった。
・彼は戦後、責任を背負って生きた。それで十分。

責任があるのであれば、何に対する責任なのか。どう責任をとればいいのか。
責任がないのであれば、どこに責任があるのか。許されるのか。

‟上”が責任をとらなかった満蒙開拓。
しかし、顔が見える‟地域”では、非難と同情がうごめく中、
あるのか ないのか 捉えきれないその責任を
顔が見える人々が背負った。

「戦争のもとに進められた国策 満蒙開拓とは何だったかを
 地方の視点から、個人の視点から考え、
 人々の心情に分け入っていく。」
東京の高校生を迎えるにあたり、私なりにテーマを考えてみた。
伊那谷の豊かな自然を満喫するとともに
この歴史が語りかけてくるものを、
何かひとつでも受けとめて持ち帰ってほしい。

# by kinen330 | 2023-10-24 18:21

まんしゅう育ち

♪寒い北風 吹いたとて
 おじけるような 子どもじゃないよ
 まんしゅう育ちの わたしたち
 (満州唱歌「わたしたち」 作詞:不詳 作曲:園山民平)

10月7日、当館10周年記念を銘打った
名古屋男声合唱団演奏会が阿智村中央公民館で開催されました。
演奏会のメインステージは、元開拓団員 佐々木剛輔さんが詠んだ
短歌19首を合唱曲にしたもので、
佐々木さんの満州体験を辿る内容でした。

その前段で佐々木さんご本人がステージに立ち、
震える手でマイクを握り、
ご自身の体験と満州への思いを語られました。
その中で、思いがけず歌ってくださったのが、「わたしたち」。
ああ、この曲だ! 思わず涙が込み上げてきます。
語り部の千恵子さんは「私、この歌が好きでなあ」と歌ってくれました。
千代さんは2時間近くかかる学校への行き帰りに歌ったそうです。
きっと、厳しい自然環境の中で生きる「まんしゅう育ち」の子どもたちを
励ましていた曲だったのだろうと思います。

佐々木さんは辛い体験、国に棄てられた悔しさを語りながらも、
日本人が現地の方々に迷惑をかけたことも
自分に言い聞かせるように語りました。

「まんしゅう育ち」の子どもたちに、罪はあるのか。
北風に吹かれながら遠くの学校へ通った子どもたちに、
逃避行で大人の後を必死で歩いた子どもたちに、
収容所で母親を亡くした佐々木さんに。

感動に包まれた演奏会ですが、単なる感傷で終わらない、
この不条理な歴史に一人ひとりが向き合い、
何かを呼び覚ます力を持つ演奏会になったのではないかと思っています。

# by kinen330 | 2023-10-12 20:23

語り部講話

「今日は貴重なお話を聴くことができてありがたかったのですが、
 もっと早く話してくれていたら、と思うともどかしい。
 それは難しかったのでしょうか。」

2018年に語り部を始めたTさん。
「この記念館ができるまでは、話せませんでした。
(引揚者は)余分な者が帰ってきた、という社会の空気でした。
 まあ、生活が大変だったから。」

語れなかった「満州」。

Tさんのお兄さんは集団自決に従兄弟と巻き込まれ、
従兄弟は亡くなり、本人は瀕死の状態で生き延びます。
戦後はひと言も語らなかった兄。
戦後開拓地でトンガ一本から開墾し、牛を飼い、果樹園を切り拓きました。

「引揚げてきた方に謝りたい。」
冒頭の質問をした女性が、講話が終わってTさんのそばに来ました。
住んでいる町にも引揚げてきた人たちが住む集落があった。
「あの人たちは団結していて一筋縄ではいかない」
大人たちが話していた言葉の裏側に
差別があったことを今になって気付きます。
「もっと早くこの歴史のことを知っていたら。
 もっと早く引揚げてきた人たちの苦労が分かっていたら・・・。」
そんな思いに駆られての質問だったのです。

Tさんの信念は「平和に武器はいらない。」
「対話をもって、と言いますが、対話とは同じ土俵に立って初めて対話です。
 土俵の上と下にあって、上から威嚇しているのでは対話ではないです。」
いつも穏やかなTさんの威厳のある言葉に、
昨今の世情への危機感が滲んでいました。


# by kinen330 | 2023-09-23 19:02

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


by kinen330