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慈昭先生

「おとぎ話なんかしてくれてとっても楽しかったの」

いよいよ、映画「望郷の鐘」が来週クランクインとなります。
記念館のHPでも紹介してまいりましたが、
阿智村長岳寺の元住職で中国残留孤児の帰国に生涯を捧げた
山本慈昭さんを主人公にした映画の製作が進められています。

そんな中、慈昭さんが小学校4年生の時の担任だったという女性が
1枚の写真を持って来館されました。
慈昭さんは当時、国民学校の教員をしていたのです。
写真は昭和17年の夏。
丸刈りとおかっぱの子どもたちと一緒に、にこやかに笑っている若き日の慈昭先生がいました。

「授業はおとぎ話をしてくれたり、外に連れ出してくれたりしてとっても楽しかったの。
落第クラスだったんだけどね。やんかな子もいてね~。」

その方の話に、こちらまで楽しくなってくるようでした。
戦時中の学校においても、子どもたちが毎日楽しくいきいきと過ごせるよう心を配った
素敵な先生だったんだろうなと。
阿智郷開拓団でも、日本から送った荷物が届かない中、慈昭先生が
持ってきた紙芝居を見せてくれたり、野鳥の卵をとったりした、との証言があります。

戦後も何度か同級会に出席してくれたとのこと。
歳をとっても「俺はまだ死ねん。やらなきゃいけないことがたくさんある」とおっしゃっていたそうです。

慈昭先生の映画を、歳をとった教え子たちも応援しています。
# by kinen330 | 2014-07-19 18:41

当時の空気

「大和民族は世界で一番優秀な民族である。日本人がアジアを引っ張って行くんだ。」
そう教えられて「満州」へ旅立った少年たち。今日の「語り部」のOさんもその一人でした。
でも、「満州国」は“五族協和”をスローガンに掲げていたはず。
すでに矛盾が生じています。


「もし戦争で勝っていても、日本人はあの地でリーダーになれたのか疑問だ。」
岐阜県から来館された大正9年生まれのYさん。
日本全国から集められた青年団の幹部の一人として満州視察旅行に参加し、
その後開拓団員として渡満します。
しかし、「満州」で感じた日本人のおごり、差別意識。
現地の人たちは日本人の勝手なふるまいに抗議もできず泣き寝入りしていたそうです。


体験者の皆さんの話は、当時の空気を伝えてくれる貴重な証言だとつくづく思います。
# by kinen330 | 2014-07-12 19:05

にがい思い出

「さんざん義勇軍に誘われた」

84歳のおじいちゃま、おばあちゃまグループが夕方に来館されました。

「それでどうして義勇軍に行かなかったのですか?」と尋ねたら
「父親が義勇軍は絶対だめだと反対した。先生に言ったら往復ビンタされた」とのこと。

往復ビンタ!

長野県の資料で、義勇軍送出数の学校ごとの割り当て表が残されており、記念館でも展示しています。
先生たちを駆り立てたものとは何だったのか。

「それが先生たちの成績になったんだよ―」
それだけではない、時代を覆う闇・・・。

「満州へ行って死んだ人はかわいそうだった。生きている者は幸せ。
 こんないい世の中になって。年金もらってね。」

しみじみと言いながら帰っていかれました。
# by kinen330 | 2014-07-03 19:50

「おばさん、鬼になっとった」

―おばさんが子ども3人を連れて引き揚げてきたけど
 地獄だったんだねえ
 おばさん、ひどい性格になっとった、きつくなっとった―

母親の妹、おばさん一家が開拓団で満州へ行っていたという県内の女性が来館されました。
名簿で名前を見つけ「まあ、こんなところに生きてるんだあ」と感激。
やはり、名簿の名前はその人達との再会という感覚になるのでしょう。
まるで満州で生きていた頃の人々に出会うような・・・。

ご主人は召集され、逃避行の途中で2人子どもを亡くし、
それでも3人の子どもを連れて引き揚げてきたおばさんは、
しばらく姉であるこの方の家に住んでいたそうです。
「そうしないと生きてこれんかったんだね」

満州での壮絶な日々。多くの若い母親が鬼と化し生き抜いたのでしょう。
# by kinen330 | 2014-06-23 19:50

長靴のご一行さま

「いらっしゃいませ」と入り口の方を見ると
エプロンに長靴姿の地元のおばぁちゃん達。
そのような出で立ちで来館される方はあまりいませんので
なんだかほほえましく、なんだか迫力もあり・・・。
地域の花植え作業の後で、地区の役員さんに“連れてこられた”という雰囲気。
「これ(長靴)でもいいの?」と躊躇されていましたが、
どうぞどうぞとご案内し、一緒に展示を回りました。

近所のご一家が満州へ行って全滅。
親戚が満州で教師をしていて、終戦直前に戻ってきて助かった。
引き揚げて来た人からひどかった話をさんざん聞いた。
・・・などなど。
地元の年配の皆さんにとって「満州」は身近な話だったのだとつくづく感じました。

いつも向き合っている「満州」とは違う「満州」があるようでした。
# by kinen330 | 2014-06-08 19:03

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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