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再会

「あぁ、何十年ぶりだねぇ・・・」
名簿の名前をさすりながら肩をふるわせ泣く姿に
こちらまで泣けてきました。

昭和4年生まれのこの女性は、連休最後に、
県内の安曇野から来た団体のお客さまのうちの一人でした。

国民学校高等科で同じ教室に席を並べて学んだY君。
「私の方が成績が良かった」と、思い浮かべる顔はもちろん少年の顔のY君なのでしょう。
卒業式を待たず、満蒙開拓青少年義勇軍として旅立っていきました。
終戦後、満州で亡くなったと聞いていました。
『長野県満州開拓史』の名簿には
チチハルの避難民収容所で栄養失調で死亡、となっていました。
そして、名簿の名前に手を合わせ、バスに乗り込んで行かれました。

私の中学時代の同級生がそのような目に遭っていたら・・・。
そんなことを想像してみて、また泣けてきました。

記念館は、時間と空間を越えて、亡き人と再会する場でもあるようです。
# by kinen330 | 2014-05-06 18:09

地下水脈

ゴールデンウィーク後半初日。

大きな重たいリュックを背負ったご夫婦が神戸から来てくださいました。
「登山ですか」と聞いてしまいましたが、ナント、ここが目当てでした。
ありがとうございました。

「一度来たかったんです。すばらしい記念館ですねー。」
こんな言葉をかけてくださったのは、元出版社勤務のおじさま。
「満州国」前後の歴史にもお詳しそうでした。
資料の充実、がんばります。


“地下水脈をつなげていく”と表現された人がいました。
同じ思い、志を持つ人々をつなぎ、広げていく・・・。
じんわりと、社会の力になることを信じて。
# by kinen330 | 2014-05-03 19:19

語る

G.W.初日。半袖で来館される方も何人かありました。
記念館の中はひんやりしているのですが。

午後、語り部定期講演がありました。
今日の語り部は、記念館では初講演のSさん、男性、84歳。
実はつい最近まで満州での体験は「胸に鍵をかけていた」そうで、
ほとんど話してこられませんでした。
その鍵を開けたのは、地元で戦争体験を伝える活動をしているおばさまグループの一人、Yさん。
「Yさんが熱心にうちに通ってくれるもんで」と、重たい口を開きました。

ドンツクドンツク太鼓をたたいて盛大に見送られた出発の日の桜の花。
近くの義勇隊のお兄さんたちも参加した開拓団での盆踊り。
そして、隣の開拓団の集団自決、避難民生活・・・。
その語りは聞く人にも当時の彼の地の情景が浮かんできそうなものでした。

Yさんの聞き取りをきっかけに、地元の催しで初めて大勢の前で満州体験を話したSさん。
よく話してくれた、という人々からのいたわり、ねぎらいの声に
「やっと自分の戦後が終わった」とおっしゃったそうです。

聴く人がいてはじめて語ることができる体験談。
語ることで軽くなった心。
SさんとYさんの出会いが生んだ貴重な「語り」でした。
# by kinen330 | 2014-04-26 18:48

生きる

2014年4月21日(月)

「ひとの分まで生きてきた」

92歳になるという元開拓団のおじいちゃまが来館されました。
杖をつき、ずっと立っているのはつらい様子でしたが、記憶も鮮明でしっかりとお話をされていました。
肺を患い召集は免れたものの、開拓団の婦女子と一緒の逃避行、避難民生活。
途中で自決する人、病気で亡くなる人・・・。
大勢の仲間と、大切な奥さまも亡くされました。
92歳の齢にしてしみじみと語る「ひとの分まで生きてきた」という言葉に、背負い、乗り越えてこられた人生の重さと長さを感じました。
ちょうど来館していた地元の小学生に囲まれている姿に、胸が熱くなりました。
平和への思いが受け継がれますように。
# by kinen330 | 2014-04-21 18:12

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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