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泣けてくるほどの

「自分のことのように想像すると泣けてきた。」

今日来館してくれた地元中学3年生の感想メッセージ。

犠牲者の心の痛みを自分の痛みとして受けとめることができるか。
それを多くの人々と共有し社会の記憶として刻むことができるか。

「戦争はいけない。でも、仕方がない」にしないために、
泣けてくるほどの想像力を引き出しながら
この歴史と向き合う学びをしていきたい。

# by kinen330 | 2022-05-20 17:33

共感疲労

敗戦後、開拓団の学校に集結して避難生活を送っていたMさんたち。
松花江の方から「大和坂(やまとざか)」を馬で登ってくるソ連兵の姿が見えたら
校舎の屋根の上で見張りをしている男の子たちが「来たぞー」と連絡し
年頃の女性たちを教室の床下に隠す。
でも、そんなものはすぐ見つかってしまう。
言うことを聞かないとすぐ機関銃で脅される。
ある時は、抱いている赤ちゃんを投げ飛ばして母親を連れて行った。
ソ連兵は10月の終わり頃まで日課のように4,5人でやってきた。

このような体験をした今日の語り部のMさん。
今のウクライナ侵攻のニュースにしばらく体調を崩していました。
前回の語り部のHさんも同じ症状で病院を受診。
「共感疲労」と診断されたそうです。
私たちもニュースを見て心を痛めますが、
Mさんたちが受ける痛みはその比ではない。
ウクライナの人々の受ける苦しみが、自分の体験に重なり、同じように苦しむのです。
それが身体にも表れるほどに。

戦争を体験した方々が、今の状況に心も身体もまた苦しめられています。
「略奪、破壊、性暴力。同じことを繰り返している。
 戦争はすべてを破壊し、人間の心も破壊するのです。
 日本が戦争に向かっていかないように願います。」
Mさんの今日最後の言葉です。

# by kinen330 | 2022-05-14 19:39

Tさんのふるさとは

閉館時間、入植図の展示の前に佇む一人の男性がいました。
「どこかお探しですか?」と声をかけると、マスク越しの笑顔で
「伊漢通(いかんつう)はもう少し北ですね」と指で示してくれます。
「その通りですね。松花江沿いですよね。」
伊漢通は泰阜村の開拓団が越冬した場所で、私も2014年に訪問したことがありました。
「この飯田という地名は今もそのままあります。」
「えー!」
飯田屯は語り部のKさんがいた所。
「飯田屯の近くに濃河鎮という港町がありますね。ご存知ですか?」
「私はそこで生まれました。その後、方正に移ってここで育ちました。」
「えーー!」
聴き慣れた地名がいくつも出てきます。

1970年生まれのTさん。
留学で日本へ来て以来25年になるそうで、ずっと日本企業で働いています。
方正には残留日本人が大勢住んでいて、
近所には、あそこのお母さんは日本人だよ、という家庭がいくつもあったそうです。
方正の日本人公墓辺りには自転車で行っていて、
当時はまだ墓石が一基だけだったとのこと。
(その後、隣に麻山事件犠牲者のお墓や中日友好碑などが建てられました。)

終戦の時、ソ連軍が入って来て、ハルビンから日本人を迎えに来た船が攻撃を受け
大きな炎が上がったとか、
あそこの谷で大勢の日本人が殺されたとか、
そんな話を大人たちから断片的に聴いていたそうです。

Tさんがいた頃は、ハルビンまで行くには砂利道をバスで半日がかり。
私が行った時は高速道路で2時間半ほど。
今や、高速鉄道が通っています。
彼もここ10年、帰っていないとのことでした。
「なつかしいな~」
「なつかしいですね~」
思わず一緒に声にして、あの景色を思い出すのでした。


# by kinen330 | 2022-05-07 19:22

24日間続いた逃避行の 7日目に辿り着いた集落で
靴をなくしてしまった少年は
その後の九十九折りに続く山道を
どしゃ降りの雨でぬかるむ悪路を
ごうごうと音を立てる激流の河を
裸足のまま歩いた

「よう 歩いたねぇ」と 今は笑いながら話す

避難所生活では
周辺の畑から拾ってきたトウモロコシの皮で
ぞうりのようなスリッパのようなものを編んで履いて過ごした

11月 寒さは日に日に厳しくなり 限界がきた
中国人集落へ逃げ込み 受け入れ先を紹介してもらう

それからは 牛や豚の皮に草を詰め
ぐるぐるっと紐で縛ったものを作って履いていた
少年の足の裏は どうなっていただろう

そんな体験を乗り越えてきた人々が 話を聴かせてくれる
あなたの周りにも いるかもしれません

# by kinen330 | 2022-04-03 18:57

言論の力

「今回のウクライナ侵攻で言論の無力を感じました」

来館者感想メッセージに書かれていた言葉です。
国際機関も、国際世論も、あの暴挙を止めることができない。
戦争を繰り返さないために、学び、伝えているはずなのに。
私たちは無力だと思い知らされます。

でも、だから軍備を増強するのか。
今回分かったことは、暴力では解決しないこと。
戦争は人々を傷つけ、憎悪を増殖させること。
どれだけ先鋭的な兵器が開発され、保有しても、
使うことは断じて許されないということ。
それを多くの人々が共有しているのだと思います。

「外交の失敗が今の戦争状態を招いている」というある人の指摘。
私たちはこのことをしっかりと見極めなければなりません。
それぞれの立場にある脅威を取り除くために
言葉による外交、対話が必要なのではないか。
私の恐れを、あなたの不信を、分かり合うための対話を。
言論をあきらめたくない。


# by kinen330 | 2022-03-12 16:15

満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。


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